マーシャル・マクルーハン (1911-1980) |
Marshall McLuhan
宮澤淳一は,グレン・グールド研究の延長線上で,メディア論の先駆者マーシャル・マクルーハンに関心を深めるようになりました. トロント大学教授であったマクルーハンは,グレン・グールド(1932-1982)の同時代人であったばかりか,交友関係もありました.グールドの音楽メディア論もマクルーハンの思想と多くを共有しています(「マクルーハンの影響を受けている」と言いたいところですが,論証は難しいので,「共有」という表現にとどめておきましょう). まず,『史料が語るカナダ』(日本カナダ学会編,有斐閣,1997年)で,マクルーハンの項目を書きました.その後,2000年のトロント大学滞在時にグールドとマクルーハンの交流について調査し,その成果としてトロント大学で講義し,日本語でまとめたのが「グールド、マクルーハン、漱石――聴覚的空間と『草枕』の詩学」(『みすず』2000年9月号)です.また,マクルーハンの思想を総覧し,資料をひととおり整理するという意味もかねて,翻訳書『マクルーハン』(W・テレンス・ゴードン著,ちくま学芸文庫,2001年)を出版しました.マクルーハンに触れる格好の入門書(マンガ風のイラストで読む本)ですから,ぜひ書店で手にお取りください. 拙著『グレン・グールド論』(春秋社,2004年)でも,マクルーハンが大きな要素となっています. そして『マクルーハンの光景 メディア論がみえる』(みすず書房,2008年)です。シリーズ「理想の教室」の1冊として,冒頭にマクルーハンの忘れられたテキスト「外心の呵責」(1963年)の全訳を掲げ,第1講でそれを精読・精解。第2講でマクルーハンの半生と主要著作の解説,「ホット/クール・メディア」や「メディアはメッセージである」の納得のいく解釈の紹介,と続きます。第3講は1969年にジョン・レノンとオノ・ヨーコがマクルーハンを訪問したエピソードから始めて,「地球村(グローバル・ヴィレッジ)」の観念に取り組みます。グールド,ケージ,シェーファー,フラー,フルクサス,ナム・ジュン・パイク,日本の美術界などとの接触にも言及し,マクルーハンのみた光景,マクルーハンのいる光景を考える本です。 マクルーハン本人の思想と生涯については,今後も仕事を続けていきます. このサイトでは,マクルーハンについて,2つのテキストを掲載しています. <> <> <> <> <> <> <> |