邦題を自分で決めるとき 宮澤淳一 |
翻訳で遭遇する固有名詞でもうひとつやっかいなのは書名や文学・芸術作品名である。邦題の有無を確認し、適切な邦題があれば、それを用いなくてはならないし、なければ自分で決める責任を負うことになる。 最近『パーシー・グレインジャー/管弦楽作品集』というCDの解説を書いた〔東芝EMI TOCE-9476〕。グレインジャー(Percy Grainger, 1882-1961)は近年紹介の始まったばかりの作曲家である。そのため、収録作品の大半は邦題が存在せず、すべて私が決めることになった。 最も悩んだのが、 In a Nutshell という作品であった。 nutshell(ナッツの殻)に基づく熟語で、英和辞典には「かいつまんで言えば〜」「簡単に言えば〜」「要するに〜」など、副詞句としての訳語ばかりが並んでおり、どれも作品名としてはしっくりいかない。昨年〔1996年〕改訂された『クラシック音楽作品名辞典』(三省堂)には「イン・ア・ナットシェル」とあるが、編著者も悩んだのだろう。 試みにインターネットのサーチエンジン数箇所に in a nutshell の3語を打ち込み、この熟語の用いられているホームページを検索してみた。すると、 Java in a Nutshell, MBA in a Nutshell, Advertising in a Nutshell, Unix in a Nutshell, The Internet in a Nutshell, Meditation in a Nutshell, New England in a Nutshell . . . と、無数の用例が出てきた。どれもホームページの題名そのもので、すべて何らかのトピックについて簡明に内容をまとめたページである。こうした形容詞句の用例は辞書ではみつけることができなかった。 考えてみると、In a Nutshell は、性格の異なる4曲から成る組曲で、グレインジャーの多面的な音楽世界を総攬できるようになっている。まさにこれは、 Grainger in a Nutshell である。結局、組曲『早わかり』と名づけた。辞書だけを引いていたらこの邦題は思いつかなかった。膨大な生きた用例にアクセスできるようになったインターネットの可能性に感謝している。 |