"Translation and Information Literacy through the Internet:
an Interview with Junichi Miyazawa," in Honyaku jiten 2000 (Tokyo: Alc, 1999): 30-31.


インターネットを翻訳に活用しよう
宮澤淳一のインタヴュー

『翻訳事典』編集部編「インターネットを翻訳に活用しよう
――オンラインでの情報検索方法、教えます!」,
『翻訳事典2001年度版』(アルク,1999年)所収,30-31頁


翻情報検索には、インターネットが便利」とは異口同音に言われるが、プロの翻訳家は具体的にどのようにインターネットを駆使しているのだろうか。ここでは、文学者・翻訳者で音楽評論家としても知られる宮澤淳一さんが、インターネットを活用して翻訳したという『グレン・グールド書簡集』を例に、翻訳の質を向上させるためのオンラインの効果的な利用法についてうかがった。



●翻訳作業がはかどり始めたのは、オンラインへの接続がきっかけ
  
編集部: グレン・グールド(1932-82)〔〕は、カナダの著名なピアニストで、日本でもファンが多いですね。この『グレン・グールド書簡集』〕(以下『書簡集』と略)は、600ページにも及ぶ大著で、彼の手紙が232通も入っていることもさることながら、宮澤さんの脚註が詳細なのに驚きました。翻訳にはどのくらい時間をかけたのですか。

宮澤: 92年に英仏で原書が出た直後に以来を受けました。邦訳を出したのは99年ですから、7、8年かけたことになりますが、最初の数年間は、はかどらなくて困りました。翻訳作業が進むようになったのは、96年ごろからで、これは私がパソコン通信やインターネットに接続した時期と重なります。

編集部: 書簡集というのは、小説などと違って、ストーリー性がなくとぎれとぎれですよね。そういう点で訳しにくくありませんでしたか?

宮澤: はかどらなかったのはまさにそのためなんです。基本的に手紙は、差出人と受取人だけが意味が理解できればいいわけですから、第三者には内容がとりにくい。原書は原文を英語のまま載せるだけだから、「このとおり書いてあります」で済みますが、文化も言語体系も違う日本語に翻訳する場合は、そもそも「原文どおり」に訳すだけでも難しい。原文の意味が理解できなければ、逐語訳すら成り立たない場合が多いのです。だから、何気なく書かれた固有名詞ひとつでも、それが人名なのか、地名なのか、商品名なのか、と徹底的に調べなくてはなりませんし、イディオムらしきものがあれば、その意味をニュアンスまで含めて確認する必要がある。グールドの伝記的事実や、北米やカナダの歴史的・文化的背景までチェックして初めてわかるセンテンスもあります。こうした困難は文学作品などの翻訳にはつきものなのですが、『書簡集』ではそうした課題がメガトン級でした(笑)。






●グールドの手紙の受取人本人をインターネットで見つけたことも

編集部: つまりそうした調べものでインターネットが役に立ったと?
 
宮澤: ええ、従来の紙の辞書・事典類にあたったり、さまざまな文献をあさったりもしましたが、ネット上のデータベースや一般のホームページもずいぶん渡り歩きました。ある書名が出てきたら、米国議会図書館や、各地の大学図書館のカタログにアクセスすれば、正確な書誌データが得られます。また、企業名を調べたいなら、サーチエンジン(検索エンジン)〔〕でその企業のホームページを見つければ、沿革や商品について情報を得られます。不明点が残るなら、その会社にメールで問い合わせればいいわけです。
 
 人物のプロフィールも同様に何度もサーチしました。そうそう、グールドの手紙の受取人本人をネット上で捜し出したこともあります。アドレス帳〕のサイトに受取人の名前を打ち込んで、リストアップされてきた同姓同名の人たちに「あなたはグールドと文通していた〜さんですか?」という質問を一斉に出すわけです。意外に見つかりましたよ。グールドから実際に受け取った手紙のコピーを提供してくれた人もいましたね。

編集部: そういうインターネットの使い方もあるんですね。また、宮澤さんの場合、メーリングリストも駆使されたというお話ですが。
 
宮澤: はい。まず、ずばりグールドのメーリングリスト〕が役に立ちました。世界中のグールド・ファンや研究者が参加している英語によるリストで、不明点があると、そこに質問を投稿して教えてもらいました。

 ほかにもいろいろなメーリングリストのお世話になりました。例えば、『ロリータ』などで有名な作家のナボコフの作品の引用が出てきたとき、その出典を確認するために活用しました。ナボコフの作品は膨大ですから、独力で出典を調べ出すのはとてもムリ。そこでナボコフの研究者が運営しているメーリングリストに急きょ登録し、「もしご存じの方がいれば」と投稿したところ、24時間以内に作品名と章・節が判明したのです。教えてくれたのはなんと、その作品をロシア語に訳した有名な翻訳家でした。



●英語の解釈をネット上で聞くこつは“パラフレーズ”の提示

編集部: 英語の解釈そのものについて、メーリングリストで尋ねる場合もあるんですか?

宮澤: ありますが、どちらかと言えば、リストを通じて親しくなった外国人に、リスト経由ではなく、直接メールで質問する形が多いですね。でも「この文はどういう意味ですか?」と知りたいところを引用するだけではダメです。「私はこう解釈したんですが、合っていますか?」と自分でパラフレーズ(言い換え)をした英文を提示するのです。解釈に迷うのなら、複数の例を示してもいい。そのほうが答える側も答えやすいわけで、違っていれば、別のパラフレーズが返ってくることもあります。日本語にしないままで解釈を考えるわけですから、誤訳の可能性も減りますし、原文のニュアンスをよく反映した訳文が作れます。

編集部: 「パラフレーズ」というのはずいぶん高度なやり方に思えますが、コツはありますか?

宮澤: ふだんから英和辞典よりも英英辞典と仲良くすることでしょうね(笑い)。ロングマンやコウビルドのような、「文定義」で記述された最新の英英辞典を用いて、英語のまま意味を考える癖をつけるのです。

  「パラフレーズ」は手間がかかりますが、解釈をするには確実な方法です。「パラフレーズ」しているうちに、意味がはっきりし、メールで質問する前に解決してしまうということもあります(笑)。

編集部: インターネット上のトラブルはないんでしょうか? メーリングリストで嘘の情報を提供されたり!?

宮澤: さすがに「嘘」はないけれど、「不正確・不適切」な情報はままありますね。そもそもインターネットの情報は玉石混交なんです。メーリングリストも趣味の情報交換のリストから学術的な議論をするリストまで多種多様ですが、情報や意見の質はやはり玉石混交ですから、自分で取捨選択し、他の情報源を用いて裏をとらないといけません。

 また、インターネット上の関係はギヴ・アンド・テイクであることも忘れないように。一方的に情報や意見を得るのではなく、こちらからも何かを提供するように心がけたいものです。

 それから、インターネットだけでなく、ニフティサーブなど、従来の日本人同士のパソコン通信も頼りになります。文芸翻訳だけでなく、さまざまな分野の翻訳者が集い、情報を交換していますよ。



●翻訳者がインターネット時代を生き残るためには

編集部: 「インターネット前」と「インターネット後」の翻訳者は、仕事の進め方がずいぶん違ってくるわけですね。

宮澤: そうですね。これからは、まわりにネイティヴスピーカーがいなくて確認できなかったとか、図書館で調べたけれどわからなかった、などという言い訳ができにくくなります。ネット上にはさまざまな情報が眠っていますし、自宅にいながらにして世界中の専門家から教えを乞うこともできるうえ、議論して解釈を詰めていくことも可能ですから。
 今後は翻訳の精度が上がると同時に、翻訳者にとってはますます厳しい時代になるはずです。将来は、字面をそのまま日本語に移し替えるような粗翻訳は機械がやって、そのあとの情報の裏とりや文体統一のようなことを翻訳者がやるようになるのかもしれません。そうなったときに生き残れるのは、文の内容・文脈・背景について独自に調査をし、それに基づき深い読解力を発揮して、センスのある訳文の作れる“アクティヴ”な翻訳者でしょうね。

(取材=編集部)    


=初出どおりの註=
 
(1)グレン・グールド‥‥‥トロント生まれのピアニスト、22歳で米国デビュー、翌年リリースした『バッハ:ゴルトベルク変奏曲』のアルバムは、この楽曲の従来の解釈を覆すものとして話題を呼ぶ。1964年に舞台演奏から退いた後も、レコード録音や放送番組出演で活躍し、ラジオ・ドキュメンタリー製作や執筆活動にも従事した。<本文に戻る
 
(2)『グレン・グールド書簡集』‥‥‥ジョン・ロバーツ、ギレーヌ・ゲルタン編『グレン・グールド書簡集』の日本語盤(宮澤淳一訳、みすず書房、99年刊)。英語版とフランス語版を原書とし、これら2版に収録された書簡を統合、増補し(計232通)、注釈を拡充したもの。<本文に戻る
 
(3)サーチエンジン(検索エンジン)‥‥‥オンライン上のどこにどのような情報があるかを収集し、集められた情報から目的に応じた情報を検索する機能を提供するもの。主なものに、Yahoo!、Lycos、AltaVista、Infoseek などがある。<本文に戻る
 
(4)アドレス帳のサイト‥‥‥Eメールアドレスの電話帳ともいうべきもの。メールアドレスを調べたい場合にアクセスすれば、登録されているアドレスが検索できる。代表的なものに WhoWhere (http://www.whowhere.com) がある。<本文に戻る><本文に戻る
 
(5)メーリングリスト‥‥‥ある特定の話題や目的に沿ってメールを使って意見や情報を交換するオンライン上のディスカッショングループとも呼ぶべきシステム。メーリングリストあてに送られたメールは、その参加メンバー全員に配信される。<本文に戻る


=追記=

*再録にあたって、題名、若干の語句などを改めました。

*再録のご許可をくださったアルク編集部の永井薫さん(聞き手)、高野直子さんに感謝いたします。また、ここには転載しませんが、肖像を撮って下さった写真家の小杉久美子さんにも御礼申し上げます。

*このインタヴューで展開した内容は、『グレン・グールド書簡集』の「訳者あとがき」で述べたことを拡大したものです。このインタヴューでは用語を用いていませんが、これは「情報リテラシー」(information literacy) という分野の実践にあたります。さらにこのインタヴューに基づき、その後、「翻訳と情報リテラシー」という論文も書きました(『文学』2001年7/8月号)。

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(C) 1997-2005 Junichi Miyazawa

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