Junichi Miyazawa,
"A Report of The Glenn Gould Gathering (1999)" (in Japanese),
Record geijutsu 49, no.2 (February 2000): 200-202.

トロント発「グレン・グールド・ギャザリング」参加レポート
宮澤淳一

『レコード芸術』第49巻第2号(2000年2月号): 200-202頁



新たにCBCビルディング前に設置されたグールド像


●グールドにかかわる演奏会、演劇、録音、映像の鑑賞、研究会が一堂に集結

    昨年の秋、9月22日から26日にかけて、トロントで「グレン・グールド・ギャザリング」が行なわれた。同地にあるグレン・グールド財団の主催で、世界十九ヶ国からグールドの友人・知人、ファン、研究者計約200名(うち日本人7名)が集い、演奏会、演劇、録音や映像の鑑賞、研究発表等が行なわれた。昨年(1999年)はグールドの生誕67年、没後17年なので、歯切れのよい年ではなかったが、年の下3桁「999」が「ggg」(glenn gould gathering) と読めることを口実に、この「集会」が企画されたらしい。そのような口実で企画が成り立つほどに、グールドに対する評価と人気はカナダ内外で高いのだといえる。筆者もこれに参加したが、実際、催しの質も低くなく、人々との交流も有意義なものだった。本稿はそのレポートである。

   「ギャザリング」の主たる会場はCBC(カナダ放送協会)のカナダ・ブロードキャスティング・センター内に設けられたグレン・グールド・スタジオである。定員340席の演奏会場だが、グールドの業績を讃え、公開放送番組やディスクの収録を建前としており、ロビーにはグールドがシムコー湖畔の別荘で用いたピアノ、チッカリング(1895年製)が置かれている。

   5日間にわたるこの催しは、大別して4つの「トラック」が各日を貫く構成となっていた。





ギャザリングのプログラム



●グールドが家庭用のテープ・レコーダーで収録した演奏が今回の目玉のトラック1

   トラック1(グールドを聴く)は、CBCラジオの公開放送を兼ねた企画である。カナダの音楽学者ケヴィン・バザーナの解説をはさみながら、バッハ、ベートーヴェン、シュトラウス、シベリウスなどを聴いてグールドの演奏を総覧する全4回のプログラムだったが、初めて紹介される珍しい録音も織り込まれていた。特に十代後半のグールドが家庭用のテープレコーダーでみずから収録した演奏が今回の呼び物で、ショパンの即興曲第1番変イ長調、同第2番嬰ヘ長調、メンデルスゾーンのロンド・カプリチョーソ、《蜜蜂の婚礼》(無言歌作品67の2)を聴いた。最初期の演奏会を除けば、グールドが取り上げることのなかった曲ばかりで、ペダルも適度に踏み、抑揚も十分につけたロマンティックな演奏で、後年の演奏にない情熱を感じさせたが、彼独自の躍動的なリズム感もすでに現われていた。彼がピアノを師事したゲレーロの編曲によるクープランのパッサカリアロ短調(彼のピアノの師ゲレーロ編曲)や、無調で書かれた自作の《5つのピアノ小品》も、同様に興味深い録音だった。さらに注目されたのは指揮者グールドの記録で、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番、最晩年の1982年4月の録音である。米国の若きピアニスト、ジョン・クリボノフをダミーの独奏者として招き、最終的に自分の独奏に差し替える目的でハミルトン交響楽団を振った幻のテスト録音で、第2楽章アダージョの冒頭が再生された。予想どおり、遅めのテンポで、しかもレガートを排し、一音一音を区切った鳴らし方だった。アンサンブルは崩壊寸前だが、それだけに緊張感に満ち、独特の美をはらんでいた。





グールドとバッハが対話し、共演する演劇
『ツー・ミュージックス・イン・マインド』



●モンサンジョンの講演、ドキュメンタリー映画などのトラック2

   トラック2(グールドとの出会い)は、(1)《ゴルトベルク変奏曲》等を収録した映像作家ブリュノ・モンサンジョンの講演、(2)元CBSの専属カメラマンでグールドの写真を多数撮ったドン・ハンスタインの講演、(3)関係者が実写で思い出を語るセミ・ドキュメンタリー映画『グレン・グールドをめぐる32章』の上映から構成された。前二者は、むしろファンからの質疑応答の形となった。

   トラック3(グールドの諸相)は、以下の(2)を除いてすべてパネル・ディスカッションだった。(1)「グールドとその解釈者たち」、(2)「グールドとオルガン」、(3)「グールドとラジオ・ドキュメンタリー」、(4)「グールドと批評家たち」、(5)「グールドとドクターたち」で構成された。(1)では、モンサンジョン、劇作家デイヴィッド・ヤング、ドイツ語によるグールドの演奏論の著作があるイェンス・ハーゲシュテット、評伝『グレン・グールド――なぜコンサートを開かないか』(音楽之友社)の著者ジェフリー・ペイザントがグールドの解釈の問題を論じ、(3)ではCBCのプロデューサーのジャネット・サマヴィル、同エンジニアのローン・ターク、研究者マリー・ジョー・ワッツが、それぞれ回想や意見を述べた。(4)ではウィリアム・リトラー、タマーラ・バーンスタイン、『グレン・グールド著作集』(みすず書房)の編者ティム・ペイジ、マイケル・ホワイトらの批評家が出演、(5)ではデイヴィッド・ゴールドブルーム、ティモシー・マローニー(オタワ国立図書館)、ヘレン・マサーロス、リン・ウォルター、フランク・ウィルソンら医学・心理学等のドクターが参集し、グールドの精神・肉体両面の諸問題を議論した。最も評価の高かったパネルはこれで、厳格な母親が精神発達に及ぼした問題や、晩年の腕の故障の原因などについての指摘があった。(2)は、近くの聖アンドルー教会に会場を移し、バッハ(ピーター・ティーフェンバック)とグールド(クリストファー・ドーズ)が対話をするという演劇『ツー・ミュージックス・イン・マインド』で、最後に二人が意気投合し、オルガンで壮麗なフーガを演奏するが、その主題がグールドの愛好したポップ歌手ペトゥラ・クラークの《ダウンタウン》であるという趣向で、観衆は大いに沸いた。





最終日のパネル・ディスカッション(5)
この回のみ、グレン・グールド・スタジオでなく、建物のロビーで行なわれた



●世界のグールド研究者たちによる講演会トラック4。宮澤氏も講演をもった

  トラック4(グールドに関する意見)は、各国の研究者計9人による発表である。米国のショーン・マローンは、グールドの解釈にシェンカー理論を適用した。米国のジェド・ディスラーは、グールドのライヴ録音とスタジオ録音の違いを論じた。トロントのボブ・トレンホルムはグレン・グールドのLPとCDの録音を比較し、最新のソニー・クラシカルのリマスタリングは必ずしもグールドの意図していた音響ではないことを示唆した。『グレン・グールド書簡集』(みすず書房)の編者ジョン・ロバーツはグールド晩年の日誌が、彼の苦しんだ心身的問題を解く鍵になることを指摘。米国のソロモン・ピアスは、ピアニスト、グナー・ヨハンセンとグールドの比較をし、カナダのヘルムート・コールマンは、オタワ国立図書館グールド・アーカイヴ創設までの経緯を説明。米国のベリー・フラワーズはグールドとヴィトゲンシュタインを比較し、イスラエルのハライ・ゴロンブは「グールド語」の問題を論じた。

  筆者も「『グレン・グールド最後の旅』をどう理解するか――カナダ的英雄としてのグールド」という題名で24日に発表をした。『最後の旅』とは、4人のグールド(神童、演奏家、完全主義者、清教徒)が登場するデイヴィッド・ヤングの戯曲(拙訳、筑摩書房)で、そのグールド的世界に誰もが情緒的に共感できる反面、難解な作品である。筆者は、これを「清教徒」が一生を振り返る「旅」に見立てれば理解が容易になること、そこで描かれるグールド像は、カナダ文学の「敗北者・犠牲者」の系譜(アトウッドの議論)を超越した存在であり、米国という「ローマ帝国」の「属州」の奴隷に成り下がることを拒否するカナダ人の非妥協的態度を具現化していること(演奏会活動の拒否など)を指摘した。カナダ文学・文化研究の立場からのグールド論は本国でも珍しいためか、よい反響を得た。 <





ストラトフォードで催された『グレン・グールド最後の旅』のプログラム



●ヒューイットによるガラ・コンサートはグールドのヤマハCF‐Uで

   ギャザリングでは、ほかにも各種のイヴェントが盛り込まれていた。初日にはまずトロント動物愛護協会で、グールドの功績を記念するプレートの除幕式があった(遺言により、グールドの印税の一部は同協会と救世軍に寄付されている)。その晩、ガラ・コンサートがあり、アンジェラ・ヒューイットがバッハの《ゴルトベルク変奏曲》を、グールドが再録音に用いたヤマハのピアノ(1975年製のCF‐U)で弾いた。23日には、グールドの幼友達でカナダを代表するジャーナリスト、ロバート・フルフォードが「ラジオ時代のグレン・グールド」と題した記念講演を行ない、グールドがラジオ世代の申し子だったことを指摘した。24日、会場の外に、ベンチに座る等身大のグールド像が除幕され(写真参照)、その晩、ストラトフォードの劇場で『グレン・グールド最後の旅』の上演(リチャード・ローズ演出)が鑑賞された。25日(グールドの誕生日)にはマウント・プレザント霊園で追悼会、その晩に「バースデー・ディナー」があった。ディナーでは、英国のテレビ・プロデューサー、ハンフリー・バートンが講演し、《フーガを書いてごらん?》が唱和され、さらに世界各国でグールドの紹介に努めた個人6名と3団体に対して新設の「グレン・グールド財団賞」が授与された(筆者も日本での執筆・翻訳活動を認められ、その一人に選ばれた。皆さんに感謝したい)。……そのほか、期間中を通じて、館内の別の小ホール(グラハム・スプライ・シアター)で、ヴィデオ番組が連続上映され。『音楽の道』(モンサンジョン制作、1974年)、『グレン・グールドとの対話』(バートン制作、1966年)、『フーガの解剖』(1963年)、『よい聴き手』(1970年)、『グレン・グールドのトロント』(1979年)――どれも、断片的にしか発売されていない映像で、貴重な機会となった。





会員用にプレスされたラジオ・ドキュメンタリーのCD
『ストコフスキー』と『カザルス』(非売品)
〔その後2枚組で市販された:CBC Records PSCD 2025-2, rel.2001〕



●グレン・グールド賞、今回はヨーヨー・マ

   26日(日)、ギャザリングは最終日となり、第5回グレン・グールド賞の授賞式と記念演奏会が行なわれた。同賞は音楽とコミュニケーションに対する世界的な貢献者に贈られる賞で、前回の武満徹に続く今回はヨーヨー・マが選ばれた。受賞者が指名権を持つ、プロテジェ賞は中国の琵琶奏者ウー・マンに授与され、2人は返礼として独奏や共演を行ない、そのすがすがしい演奏でギャザリングの終幕を彩った(マはバッハやコダーイを、マンは中国民謡の組曲などを弾いた)。





Jonhn Roberts, ed., The Art of Glenn Gould
〔ジョン・ロバーツ編『グレン・グールド発言集』〕



   今回のギャザリングに際しては、新しい出版やCDのリリースもあった。まず、ジョン・ロバーツ編のグールドの新しい著作集『ジ・アート・オヴ・グレン・グールド』が出た(The Art of Glenn Gould, Toronto: Malcom Lester Books)。埋もれていた各種のインタヴューや放送番組の台本を編んだもので、モンテヴェルディからブルックナー、ビル・エヴァンズまで論じられ、あるいはマクルーハンとの対話なども盛り込まれた興味深い本である〔『グレン・グールド発言集』宮澤淳一訳(みすず書房,2005年刊行予定)〕。CBCレコードからはグールド十代の頃のベートーヴェンのピアノ協奏曲第1・2番が発売され、また、今回の参加者、および、グールド財団主催の協会「フレンズ・オヴ・グレン・グールド」の会員向けに、グールド制作のラジオ・ドキュメンタリー『ストコフスキー』(1971年)や『カザルス』(1974年)もリリースされた(「友の会」入会等については、財団に直接問い合わせられたい)。

Friends of Glenn Gould
The Glenn Gould Foundation,
P.O.Box 538, 66 Avenue Road,
Toronto, Ontario, Canada M5R 2G0
fax +1-416-944-3122
managingdirector@glenngould.ca
www.glenngould.ca

〔2005年3月に連絡先を改めました〕

   グールドの録音や著作はまだ未発表のものが少なからず眠っており、今後が楽しみである。





モーテル、ワワ・モーター・イン



   なお、筆者はこのあと、生前のグールドがドライヴを楽しんだオンタリオ州北部を探訪するオプショナル・ツアーに参加し、アガワ渓谷の紅葉を楽しみ、さらに、ワワという町にあるグールドが頻繁に宿泊した簡素なモーテル「ワワ・モーター・イン」を見学した。その後、トロント郊外の町アックスブリッジにグールドの従姉ジェシー・グレイグと祖父トーマス・ジョージ・グールドの墓参をし、さらにグールドの別荘のあったシムコー湖畔の村アプターグローヴとその近郊の小都市オリリアを訪ねた。そうした旅の記録は稿を改めたい。





アガワ渓谷




N.B. 再録にあたっては、漢数字を適宜算用数字に改めています。

その後,拙稿(縮小版)は活字になりました:

Junichi Miyazawa,
"Understanding Glenn: A Canadian Hero,"
GlennGould 6, no.1 (Spring 2000): 46-48.

これは、グレン・グールド友の会(Firends of Glenn Gould)の機関誌です。

また,拙著『グレン・グールド論』(春秋社,2004年)の
第3章(アイデンティティ論)でも、
この発表の議論を発展させました<>。




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(C) 1997-2005 Junichi Miyazawa

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