Junichi Miyazawa,
"Oistrakh and Richger: A Review of the Two Films by Bruno Monsaingeon"(in Japanese),
Shunju
, vol.410 (July 1999): 20-21.


オイストラフとリヒテル
ブリュノ・モンサンジョンの映像作品を観て

宮澤淳一
<エッセイ>
『春秋』第410号(1999年7月号): 20-21頁


   一連のグレン・グールドの番組制作で有名なフランスの映像作家ブリュノ・モンサンジョンの最新作が2つ、昨(1998)年10月に日本で同時発売された。どちらもロシアの名演奏家を扱った一種のドキュメンタリーで、演奏やインタヴューの映像を豊富に盛り込み、人物像とその音楽を活写している。

   ひとつはオイストラフを描いた『ダヴィッド・オイストラフ――太陽への窓』(David Oistrakh: Artist of the People?)である (1994年、75分)。ダヴィッド・オイストラフ(1908-1974)は、高度な技巧に耽溺することなく、気品と凄味を併せ持つ実直な演奏で世界を魅了した名ヴァイオリン奏者だが、「ソヴィエト人民芸術家」「レーニン賞受賞者」等の肩書きを持つソヴィエト共産党員だった。生前の彼は国内外での演奏活動に邁進し、結果としてソ連の公告塔の役割を果たしたが、その本心はどこにあったのか。「人民芸術家?」という疑問詞つきの原題からもわかるように、この映像作品は、オイストラフの御用音楽家像を崩していく。関係者(ロジェストヴェンスキー、ロストロポーヴィチ、メニューイン、クレーメル、息子イーゴリ・オイストラフ)の証言を通して立ち現われてくるのは、ソ連に対する忠誠心と芸術的信念とのあいだで苦しみつつも、それに黙々と耐えたひとりの誠実な音楽家の姿である。邦題はロストロポーヴィチの発言に基づく――「音楽は我々[ロシア人]にとって太陽への窓だ/生きるために必要な新鮮な空気への窓だ/だから西側の誰より我々は音楽を愛している」(字幕より、千葉真美訳)。

   もうひとつは1998年の作品『リヒテル/謎――甦るロシアの巨人』(Richter: The Enigma)である。ピアニスト、スヴャトス ラフ・リヒテル(1915-1977)もオイストラフと並ぶ世界的なソ連の演奏家だが、彼の場合、世事に無関心で、体制にもおもねなかった。その意味で超然的な存在で、マスコミにも発言せず、ひたすらデモーニッシュな演奏をしたその実像はまさに「謎」だった。モンサンジョンはこの謎を解き明かすべく、リヒテルの演奏会や各種の記録映像を世界各地で収集・発掘する一方、彼との親交を深め、ついに最晩年の本人をカメラの前に座らせ、その独白(と日誌の朗読)を撮影することに成功したのである。

    関係者の証言から輪郭を形成させた『オイストラフ』とは対照的に、この『リヒテル』は、本人の独白と演奏会の映像の交替を軸に構成される。秘蔵の資料映像と若干のインタヴュー映像も効果的に織り込まれ、巨人の全貌に迫っている。計154分にわたる長大な2部構成で、第1部ではオデッサに生まれ、モスクワ音楽院に学び、本格的な演奏活動を開始するまでの前半生(革命・内戦期からスターリン時代まで)が年代順に描かれ、第2部では雪解け以降の国際的な演奏活動と音楽論・演奏論、さまざまなエピソードが紹介される。すべてはリヒテル本人の口から淡々と語られていく。

   歴史的な映像も豊富で、そこには苦難のソ連時代を超然と生き抜いたリヒテルの姿がある。それだけに衝撃的なのは、実父と義父に関する告白である。リヒテルがモスクワに行ったあとの1941年にピアニストでドイツ系だった実父がスパイ容疑で逮捕・銃殺されたこと、母親とドイツへ逃れた再婚相手は実父の弟と言われてきたが、本当は素性の知れないドイツ人であったことが「私の人生の暗黒の一ページ」としてリヒテルの重い口から語られる(昨年7月3日付けの『イズヴェスチヤ』紙でも父親の粛清の詳細が報道され、同日の『朝日新聞』夕刊でも取り上げられた)。

   この作品に現われた「謎」の人物は、ある意味で予想どおりの、音楽のみに没頭し、ほかのことには無関心を貫いた頑固者の姿だが、その厭世的態度の徹底ぶりには圧倒される。最後にリヒテルはこう語る――「すべてわずらわしい/音楽じゃなくて人生がだよ/気晴らしなんて何の役にも立たない/[日誌を読み上げて]自分が気に入らない=@終わり」(字幕より、太田直子訳)。シューベルトの変ロ長調ソナタの第2楽章を背景に、つらそうに目をつぶり、額に手をあてたまま微動だにしない晩年の彼の心に去来するものは何なのだろうか。

   なお、『リヒテル』の制作にあたってモンサンジョンが集積した膨大なリヒテルの言辞(インタヴューと日誌)は彼の編訳によってフランスで出版され、リヒテルの生涯と意見の詳細を知ることができる(Bruno Monsaingeon, Richter: Ecrits, conversations, Van de Velde/Actes Sud/Arte, 1998.――筑摩書房より邦訳刊行予定 [『リヒテル』中地義和・鈴木圭介訳、筑摩書房、2000年])。

   『リヒテル』は真剣な作品だが、トリックやユーモアも随所にこめられている。リヒテルの師ネイガウスの証言テープは、雑音を入れて古い録音と思わせながらも、実は作品中でインタヴュアーも務めるモンサンジョンの声である。ソ連の放送局で発見したグールドのインタヴュー映像はロシア語の語りがかぶっていたため、音声トラックを除去し、声優に吹き替えさせたという。神秘的なピアニストのユージナについての回想は墓地の映像で、リヒテルがロシア語で「[演奏会でのユージナの詩の朗読は]歯がないので(ベズ・ズーボフ)ひどいものだったが」と語ると、「ズーボフ」という姓の刻まれた墓石がさりげなく映される。

   こうしたモンサンジョンの処理には反感を覚える向きもあろう。そもそも彼の映像作品の場合、密度は高いが、ソースや撮影年代を明かさずに貴重な映像をふんだんに用いる点がドキュメンタリーとして不適切だと批判する声もある。しかし彼は〈事実〉をあえて相対化してでも、彼の信ずるところの〈真実〉を伝えたいのだ。そこで用いるのは、あらゆる映像、音声を、ソースや時間軸から切り離し、対等に並べ、対話させ、呼応あるいは反発させて、ひとつの〈真実〉に向かって有機的に収斂させていく手法であり、彼は創作者を自認しているのである。

   オイストラフとリヒテル――パーソナリティは異なるが、結局モンサンジョンが描きたかった〈真実〉は共通していると思う。それは、息苦しい環境で、音楽という「太陽への窓」を通して生きながらえ、生命を輝かせた芸術家の逞しい姿である。


N.B. 原文は縦書き。再録にあたっては、漢数字を算用数字に改めてあります。
※リヒテルの単行本についてのデータを書き込みました。(2000年7月28日)

※マリア・ユージナ(1899-1970)。ロシアのカリスマ的ピアニスト。彼女については別の機会に紹介したいと思いますが、最近、フィリップスのシリーズ「20世紀の偉大なるピアニストたち」(Great Pianists of the 20th Century)の第99巻にも2枚組CDとして登場しました:

バッハ:《ゴルトベルク変奏曲》
ベートーヴェン:《ディアベッリ変奏曲》;《エロイカ変奏曲》
原盤: 456 994 2 (1998年発売) / 国内盤仕様: PHCP-20577/8 (1999年発売)

――たいへん強烈な音楽を聴かせてくれます。

また、日本のデジタル・メディア・ラボ(旧メルダック)のトリトン・レーベルからも数枚出ていて、私も以下の2枚の解説を書きました:

シューベルト:ピアノ・ソナタ変ロ長調D960
ブラームス:3つの間奏曲Op.117;6つのピアノ小品Op.118
MECC-26014 (1995年発売・廃盤)

ショスタコーヴィチ:ピアノ・ソナタ第2番
プロコフィエフ:《束の間の幻影》
ヒンデミット:2台のピアノのためのソナタ(共演マリーナ・ドロズドーワ)
MECC-26027(1995年発売・廃盤)

なお、彼女のエピソードは、ソロモン・ヴォルコフ編『ショスタコーヴィチの証言』(水野忠夫訳、中公文庫)に多くの記述があります。
す。

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